大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)1737号 判決 1967年3月31日

被告人 宮田敏雄

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告人を禁錮四月に処する。

3  原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

4  原判示第一の道路交通法違反の点については被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人錦織懐徳の控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

一、控訴趣意第一点について

論旨は、本件事故当時被告人自身が自動車を運転していたとの証拠が十分にないのに、被告人が運転していて事故をおこしたと認定した原判決には事実の誤認があるとの趣旨を主張するものであつて、その根拠とするところは、原判決が証拠として引用するものの中、

(1)  大津茂の供述は(被告人ではなく)自分が運転していた事実をかくし刑事責任を免れようとしてなされたものであつて、同人についての飲酒検知器使用結果報告書でも明らかなように同人は同夜泥酔のため事故前後の認識は全くないはずであり従つてその供述は本人の記憶に基づく真実のものではない。

(2)  増田良三(被告人及び大津の友人)の供述内容は、被告人の自動車の後からついて来て現場を通り過ぎ一〇〇米も先に駐車したとか、大津をおいて先に帰宅したという内容自体から不自然である。追突された自動車の運転者後藤繁義(事故時、この車は空車で駐車中)や、追突されて前進したこの自動車と更に正面衝突した対向車の運転者片寄正夫、付近に居住する天野五六等が事故直後に現場で見たことがらとして、追突した自動車の運転席に大津茂が負傷しており被告人はすでに下車していたとか、運転手らしい男(大津にあたる)が手に怪俄をして車から降りていたとの趣旨を述べていることから判断しても、増田が、事故現場を通るときに一旦停車した際、大津は助手席から降りるところで、被告人富田は衝突した相手の車の持主と思われる人と話をしていたと述べているのは大津をかばうための真実を隠した供述である。

(3)  ハンドル、運転台、ドアに血痕があり、ハンドルが折損しているから、運転者は負傷している筈であるのに被告人は負傷していなく、却つて大津茂が負傷している。

(4)  被告人は本件事故当時泥酔して何も記憶していないのであるから、被告人の警察官に対する供述は警察官の誤導、誘導によつて作成されたものである。

というものである。

しかしながら一件記録によれば原判示第二の業務上過失傷害の事実は、被告人が当時その自動車を運転していた点を含めて原判決の掲げる関係証拠により十分に証明されており、当審における事実取調べの結果はむしろこれを更に明らかにするものである。それによれば被告人は当夜友人二人(大津茂及び増田良三)とともに酒を飲みに出かけ、途中の寿司屋で飲酒し、更に小田原市内で飲むべく、それ迄乗つて来た二合の自動車の一台を増田が運転し被告人が同乗し、他の一台は大津が運転して出発したが、途中、大津が酔つている様子であつたので増田の示唆により被告人が大津を助手台に移しその自動車を連転して再び進行するうち、酒酔いの影響により前方注視が困難となり、本件現場で道路左側に空車で駐車していた後藤繁義の自動車の発見がおくれてこれに追突し、そのまま二台一緒に道路右側へ進んで、対向して来た片寄正男の運転する自動車と後藤の自動車が正面衝突し、その結果、自車の助手台にいた大津(右手指骨、掌骨骨折等治療約六週間)及び片寄の車の同乗者二名(治療それぞれ一〇日及び五日)に負傷させているのである。論旨のうち、

(1)  大津茂が当夜相当めいていしていたことは明らかに認められるが、そのために当時の記憶が全然ない程であると断定する程の資料もない、その供述の内容も当審における供述態度や他の証拠と比較照合して判断するとき、断片的な部分があるにしても、特に誤つているとか、自己の記憶に基づかない供述をしていることを疑わせるものは存在しないので、その信用性や真実性を非難することはあたらない。

(2)  増田良三の供述中論旨主張の同夜の行動に関する点は同人が当夜自己の酒酔い運転の発覚をおそれ掛り合いになることを避けていたことから容易に理解できるところで別に奇とするには足りない。そして増田が見た当時の大津の位置、行動と後藤、片寄、天野等の見た大津の位置、行動が必ずしも一致していないことは所論のとおりである。しかしそれは、当審における取調べの結果さらに明らかになつたような各人の見た時点が多少づつ異なるためでむしろ当然のことであり、しかもこれは当審における大津の証言に現われているように、同人が一旦助手席から降り、後に運転席に再び入つて休息していたことから矛盾なく説明されることであつて、このことのために増田の供述を信用することができないものとは言えない。

(3)  ハンドル、運転台、ドアに血痕があつた(その他に助手台、後部席にも)ことは認められるが、これは前記大津の証言により判明している同人の行動からおのずから原因が明らかになつている。ハンドルが折損しているとはいつても、それは舵輪の付け根が折れたとか、中央のホーンリングがこわれたという程度で、ハンドル自体がはずれたとか、床に至る縦軸が折れたとかいうものではなく、(現に大津は事故後、その上にもたれかかつている。)従つて、運転中それを把持していた被告人が負傷しないで、支えのない助手席にいた大津が傷を負う結果を生じても不思議はない。

(4)  被告人も当夜めいていしていたことは明らかに認められるが、事故後の被告人の行動から判断しても、大津の場合と同様、何も記憶しない程に酔つていたとは認められない。そして、被告人の司法警察員に対する供述内容も断片的に事故に関する事実を述べているのであつて、その他の証拠と比較してみても取調官の誘導により記憶のないことを供述したことを疑わせるものはない。

以上のように論旨は理由がなく、本件事故は被告人が自動車を運転中に発生したものと認められ、しかもこのように認めてこそ、被告人が事故後現場で前記天野に対し一五、〇〇〇円で示談にしてくれと言つたり(しかもこれは、天野の証言によると、同証人が運転台にいた大津に対し誰が運転していたかと聞いたのに被告人の方が自分がしたと答えた後に言つた言葉である。)、警察官の来ない中に現場を立去り(被告人の言によれば、大津が死んだと聞いたので)、その後、仙台付近迄行つて自殺まではかつていることも合理的に理解できるし、しかも被告人は検察官にも自白し、原審第一回公判の起訴状につき意見を述べる際にも、第二回公判の際の本人質問の内容としても公訴事実を争つてはいないのである。原判決に事実の誤認はない。

二、職権による判断

職権によつて原判示第一の事実、すなわち被告人が前記事故の際、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有しその影響により正常な運転ができないおそれのある状態で自動車を運転したという事実についての証拠を検討してみると、直接にめいていの程度を数字的に示すものとしては大津茂についての飲酒検知器使用結果報告書(呼気一リツトル中一・五〇ミリグラムのアルコールを検知した旨の記載のあるもの)があるが、これは被告人のめいてい度を示すものではなく、他に被告人につきこれに相当するものはない。当夜事故時に被告人が酒に酔つていたことは明らかであり、被告人が友人二名(前記増田及び大津)とともに前記寿司屋で飲酒した量もある程度判明している(関係者の供述によれば三名で酒は一〇本乃至一三本、ビール五本乃至一〇本。ただし、一人当りの飲酒量は必ずしも明白でない。)。そこで同題は被告人のめいてい度であるが、三名の飲酒の量や速度がほぼ同一であつたとしても、個人差の同題もあり、直ちに同じ位のめいてい度になるとの結論を出すことはできない。まして飲酒量に差異があればなおさらである。検察官が当審において提出した資料(医学博士上野正吉著、頭部外傷の法医学一五七頁乃至一六四頁)によれば、血液中のアルコール量と酩酊者の言語、態度との相関関係は明らかにされてはいるが、本件被告人の言動を同書中の酩酊者の言動のどれにあてはめるべきかを判断する資料がない。(同書中の「飲酒量から酩酊度の推定」の項に記載されている事項も、前記のように個人差の問題と、基本である本人の飲酒量が確定できないことから、適用することができない。)又、被告人には昭和四〇年一月二六日平塚簡易裁判所において道路交通法違反(酒酔い運転)により罰金二〇、〇〇〇円に処せられた前歴があり、その当時のめいてい度は呼気一リツトル中二ミリグラムとされているが、当時の飲酒量検知時迄の経過時間等も本件記録上確認されているわけではないし、又異なつた環境下にある事件の資料によつて簡単に本件の場合のめいてい度を判断するわけにもいかない。

以上のようなわけで、本件犯行当時被告人が大津と同様に呼気一リツトル中一・五〇ミリグラム以上の、あるいは少くとも〇・二五ミリグラム以上の、アルコールを身体に保有する状態にあつたということを認め得る証拠が記録上存するということはできないし、当審における取調べの結果によつても新たにかような証拠が提出されたとは認められないので、結局原判決には証拠によらないで原判示第一事実を認定した事実の誤認があるといわなければならない。

そこで、量刑不当の控訴趣意(控訴趣意第二点)に対する判断をここで示すまでもなく、刑事訴訟法第三九二条第二項、第三九七条第一項、第三八二条により原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

原判決が第二事実として確定した事実に法律を適用すると被告人の所為は各負傷者毎に刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条に該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により犯情の重い大津茂に対する業務上過失傷害罪の刑に従い、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を禁錮四月に処する。本件は被害者の負傷も重くはなく、最も重傷であつたのは被告人の同乗者であり、かつ、そのいずれとも示談の成立していることは量刑不当の控訴趣意中に主張されているとおりではあるが、この事件の原因は被告人がいずれも自動車運転手である前記友人二名(増田及び大津)と共に自動車二台に分乗して酒を飲みに行き、寿司屋で飲んだ後、更に小田原へ行つて飲むべく同じ自動車で出かけたことにあり、最初から当然酒酔い運転の予想される場合である。そのうえ被告人には前記のように酒酔い運転の罰金前歴まであることを考慮すれば、所論のように刑の執行を猶予すべきものとは認められない。なお、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとし、原判示第一の事実は前記のような理由で犯罪の証明がないので無罪の言渡をすべきものである。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 新関勝芳 吉田信孝 大平要)

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